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のれん分けで磨いたブランド力とは

「千疋屋」と言えば、高級フルーツですね。ホームページを見ると、いちご15粒で7,000円、グレープフルーツ5個で4,000円、マスクメロンの高級感は言うまでもありません。

千疋屋さんの創業は1834年(天保5年)江戸時代に遡ります。『武蔵国埼玉郡千疋の郷(現在の埼玉県越谷市千疋)の侍であった初代弁蔵が江戸、葺屋町(現日本橋人形町3丁目)に「水菓子安うり処」の看板を掲げ、果物と野菜類を商う店を構えた。』(公式ホームページより)

この後、2代目文蔵は、妻・むらの茶の湯のご縁で上流階級へと商売を拡げ、徳川家御用商人となりました。明治10年に3代目を継いだ代次郎は、横浜に寄港する外国船から珍しい果物を仕入れ、店を洋館作りにし、現在の千疋屋の基礎となる高級フルーツ店という商売を確立しました。4代目代次郎は、果物をそのままではなく、デザートとして提供するフルーツパーラーを始め、5代目代次郎は、戦後の経済成長の波に乗り、店舗を駅ビルや百貨店へと拡大していったのでした。そして、この184年にも亘る老舗企業を海外市場へと拡げているのが、6代目の大島博社長です。

千疋屋さんの歴史を見ると、それぞれの代を担う経営者が、時代をしっかりとつかんで事業を伸ばしてきたのがわかります。しかし、184年間も連綿と企業ブランドを堅持するために、創業一族や従業員の努力だけでない、独特の仕組みがありました。それが『のれん分け』です。

現在、千疋屋と名乗る店は3店舗あります。千疋屋総本店、京橋千疋屋、銀座千疋屋です。(明治時代には7~8店舗あったそうです。)
「今でいう退職金代わりにのれん分けしていたんですね。小学校卒業ぐらいから店に入ってもらって、ひとり立ちできるようになると暮らしていけるようにお店を持たせて、資金を出して。のれん分けした番頭さんたちには、2代目3代目の娘たちが嫁いで行って。だから血は繋がっているんですよね。」(智慧の燈火プロジェクトHPより)

3つの千疋屋には、まったく資本関係はありません。しかし、いずれも高級フルーツ店であり、フルーツパーラーを併設しています。また、販売品目もフルーツのみならず、スイーツ、ジュースと取り揃え、ぱっと見ただけでは違いはわかりません。しかし、細かく見ると、価格や内容、コンセプトなどが違っているのです。

日立製作所が公開している”Executive Foresight Online”サイトで、大島社長のインタビューを読むことができます。高級フルーツといえば「千疋屋」というブランドがゆるぎない今、競合はどんな企業ですかという問いに対する大島社長の答えに、その『のれん分け』の真価を見ることができるのです。

「いい意味で本当にライバルなのは、のれん分けした株式会社京橋千疋屋(1881年創業)と株式会社銀座千疋屋(1894年創業)。弊社とは資本関係になく、それぞれ独自に経営をしているのですが、やはり同じ千疋屋ブランドとしてクオリティを揃えなければならない。そこで2008年から『千疋屋3社交流会』といって小売、製菓、人事、総務といった部門ごとに、毎回テーマを決めて会議をしています。例えば製菓部門でしたら、各社の商品を持ち寄って試食会をしています。」

そして、それは競い合う事だけで終わりません。

「それからフルーツサンドという商品ですと、使用している生クリームの中にサワークリームをちょっと入れて違いを出している場合もあります。マニアックなお客さまは3社それぞれの商品を食べ比べて、ご自分の好みをお持ちです。それが評判として、インターネットによって広がっていくわけです。」

確かに、ネットで検索してみると、3つの千疋屋のフルーツサンドなどの違いを取りあげたページに9,000を超えるイイネが寄せられています。どこが良いと言われても、結局千疋屋が良いというオチですから、『のれん分け』おそるべしです。

果物一筋184年。千疋屋の秘密は、実は緻密に計算されたフランチャイズシステムにあったのかもしれないですね。