台湾「流通の父」の経営理念
徐重仁氏が語る、古くて新しい経営理念とは
台湾の人々の暮らしにすっかり定着した感のあるコンビニエンスストア。その立役者として度々名前が挙がるのが、日本での留学経験もある徐重仁氏です。
「財団法人ロータリー米山記念奨学会」会報誌によると、徐氏は、幼い頃から両親の営む書店を手伝い、「経営」に興味をもっていました。「教授になりたいならアメリカだが、商売で身を立てたいなら日本へ留学しなさい」という父の言葉に背を押されるように、1975 年に早稲田大学大学院修士課程に進学しました。
70年代といえば、日本で初めてコンビニエンスストアが登場。その便利さに感銘を受けた徐氏は「ぜひ台湾にも!」と着想を得ます。
帰国後の1978 年、統一企業に就職し、「統一超商」が設立され、コンビニ出店に乗り出します。また1980年にはアメリカ本社との契約で「セブン-イレブン」 を開店したものの、赤字続き。
なぜお客が来ないのか・・・。考え抜いた徐氏に、1つの考えが浮かびました。
『日経クロストレンド』のインタビューに徐氏はこう答えておられます。「米国や日本のセブン-イレブンのビジネスモデルはしっかり理解していました。ただ、小売り・流通市場の成熟した国で成功しているビジネスモデルが、市場の未成熟な台湾にそのまま通用するはずがなかったんです」
それ以降、徐氏は常に3つのアプローチを駆使してきたと言います。「1.成功事例を真摯に学び、取り入れる」「2.台湾の実情に合わせてローカライズする」「3.市場ニーズに合わせ、独自の手法を創出する」というものです。
第3のアプローチによって生まれたのが「駅ナカ出店」。2000年9月、全国30カ所の「台湾鉄道」の駅で36店舗の「セブン-イレブン・エクスプレス・ストア」を出店しました。
JR東日本のグループ会社であるJR東日本リテールネット(東京・新宿)が、「駅にあるコンビニ」のコンセプトで「NEWDAYS」を駅構内に登場させたのは01年10月のことですから、徐氏の手法が逆輸入された形となりました。
『日経クロストレンド』にて、5000店ものセブン-イレブンを台湾で展開できた秘訣を聞かれた徐氏は「フランチャイズの加盟店を、一番大切にしようと考えたからです」と即答しています。
「加盟店になるには夫婦が条件」など独自のルールを編み出し、海外文化であるコンビニエンスストアを、見事台湾に根づかせた徐氏。その成功の秘訣は、故郷への、そして共に働く仲間やお客さまへの愛なのかもしれません。